本日の曜日は、水。
講義をとっていない水曜日は、幸いのオフ。
しかし、今日は大学で講演会があるとの情報が、情報屋から入った。
なんでも、あの大学の学長さんがお越しになるらしい。
行くっきゃない行くっきゃない行くっきゃない。
真面目一徹な僕は、「講演会」と聞くと心が躍る。
おそらく脳内麻薬が分泌し、興奮状態にさせられてるのだろう。
アイリッシュ・ダンスばりの軽やかなステップで駅まで向かった。
なんて楽しいんだろう。
ステップもついつい早まる。
どんどん早まる。
いつしか全力疾走に移行していた。
モモはしっかり上がっていたし、腕の振りも問題無かった。
けれど、緑のラインをあしらった普通電車は僕の目の前から走り去った。
徒歩12分の距離を、毎日必ず7分前に出てしまう自分。
無論、悪いのは自分だ。
家を出る寸前の5分というのは、果てしなく短く感じる。
ちょっと靴下が見つからなかっただけで過ぎ去る程儚い。
結局、駅から地下鉄まで全力疾走させられた。
大学に着いたころには、外も暗くなり始めていた。
暗がりの中、講演会のある教室へと向かう。
教室に入り、左前から3番目などと随分アグレッシブな席につく。
着席と同時に、始まったようだ。
軽快な司会者が、あの大学の学長さんを紹介する。
「えぇ、今回はですね」
「○○の社長さんの講演を予定しておりましたが」
あの有名チェーン店の社長が来る予定だったみたいだ。
「急遽、外せない用事のためにッピンツィヒッタッとして・・」
英語部分の発音に感心しながら、しばし耳をかたむけていた。
「それでは、紹介もこのへんで講演に移りましょう」
この言葉とともに、学長さんが重い腰を上げる。
この学長さんの講義は、とても聞き取りやすい日本語で、わかりやすい。
良い講義に参加できた事に感動しながら、真剣に聞いていた。
10分くらい経った頃。
一人の女性が右斜め前の席に座った。
まず目に入ったのが膝上何センチだろうか、かなりのミニスカート。
スッと席に座り講義を食い入るように見つめていた。
僕も、一瞬気になりはしたがすぐに講義に集中した。
まぁ、僕は左前に座っているという事は前記したとおりだ。
そうなると、講義を聴く姿勢は必然的に右斜め前に向かうわけだ。
すると右斜め前に座ったミニスカが視界に入る。
特に気にかけていたわけではないが、視界には入ってくる。
5分くらいは講義に集中し、パソコンなどを打ちながら聞いていた。
重要であろう語句を打ち込み、ふと顔を学長に向けた時だった。
ミニスカが視界の端っこでこっちを睨んでいる。
もう恐怖以外の何者でも無い。
「なにあたしの足じろじろ見てんのよ!くたばれこのオタクが!!」
なんて罵られかねないほどの形相で睨んできていた。
もし僕が子リスだったら卒倒しかねない程の鬼の形相だ。
そんな恐怖の視姦にびくつきながらも、講義には集中していた。
途中目をそらす場面もあったが、終始こちらを睨む鬼。
何が彼女をそのような行いに駆り立てるのだろうか。
「戦争を知らない人口の方が圧倒的にムァジョリティーなんですね。」
学長さんまでも、さっきの司会者ばりの発音の良さを披露する。
だが、もうそんな事はどうでもよかった。
10分近くも女性に睨まれるなんて初めてだ。
しかも、僕は何もしていない。何の非も無い。
しかも、ミニスカートだ。
いつしか講義を二の次に、日記でも書こうと、ワードを開いていた。
よし、今の出来事を書こう。
『今日は講演会の日、女性に睨まれている。』
そう書いた時だった。
視界の端っこで、彼女の鬼の形相が尊敬の眼差しに変わった。
それを見逃すはずが無かった。
文字を早く打てば、あんなつぶらな眼差しをしてくれるのだろうか。
試しに、
『jのいあdしょいjhじゃおじおvfjdvfだ』
とひたすらに打ってみた。
よし、きた。
彼女の表情、それはそれはつぶらなものだった。
完全に調子に乗った僕。
打ってるぞアピールとして、キーボードを強く叩き、音を強調した。
・・・よし、きた。
彼女の表情は、尊敬と驚きをミックスした恍惚なものへと変わっていた。
もう完全に講義などそっちのけだ。
いかに格好良くキーボードを打てるか。
それだけに終始没頭していた。
しばらくが経過。
両手クロス打ちを披露して、エンターを押した直後だった。
「うっさくね?」「んだねー」
小さな会話が聞こえてきた。
内心、ビクッとした。
確かに、あまりに夢中になりすぎて、かなりのタイプ音を轟かせていた。
ただ、まだ僕と決まったわけではない。
それを探るために手を止め、しばらく耳を澄ませていた。
それと同時に、「両手クロス打ちは無かった」などと後悔もしておいた。
「・・止まった?」「んだねー」
間違いなく僕だった。
八神月を監視しても、殺人は止まらなかった。
けれど、小声で一言添えるだけで、僕のタッチは止まる。
もう、パソコンを触る事さえもできなくなっていた。
これ以上続けたら、
「てめぇ!うぜぇんだよ!このオタクが!くたばれ!!」「んだねー」
体が勝手に死を選んでしまう程の言葉を浴びせられそうだ。
・・・・でも、待て。
ここでやめたら、右斜め前のミニスカの顔が鬼になるのでは・・・。
でも、目の前は二人組・・・。
でも、鬼に・・・。
それによく見ると、目の前の二人もミニスカートだ・・・。
よく見るってそういう意味じゃなくて・・・。
極限の葛藤。
僕が選んだ結論は、机に突っ伏して寝る事だった。
周りの全てから、自分を隔離した。
もちろん講義すら聞こえない閉鎖空間。
大事な講義は終わり、起き上がる頃には3人共消えていた。
帰りの地下鉄駅。
「もうミニスカートなんて大嫌いだ。」
そんな事を考えながら、セーラー服についつい目がいってしまう僕がいた。
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