前述の体調不良のため、今日は病院へ行く事を決意した。
気だるい気だるい気だるい自転車気だるい。
1キロ離れたクリニックまで愛車ビアンキで乗り入れる。
時間は朝9時20分、早朝だ。
こんな元気があるなら、病院行くほどではないのかもしれない。
そんな疑問が残る朝のハッスルだった。
『受付時間9:00~12:00』
少し高台にあるクリニックの自動ドアを開ける。
ウィーン
初診の記入用紙で個人情報を曝け出し、番号札22番を貰った。
いつも思うが、なんと言うか番号札って言うものが邪魔だ。
もっとハイテクの粋を集めたような機械的な番号札ならまだしも。
ただの紙切れだ。
こんな紙切れを無くさずに持っていないとダメという気負い。
大した事じゃないだろうが、病人には事の他面倒だ。
早くこの紙切れをつき返してやりたい。
あまりのつき返し方に「クッ・・」とか言わせてやりたい。
できれば若いナースに言わせてやりたい。
そんなことを、朦朧とする体調の中考えていた。
30分経過
それなりに混んでいる院内。
ふと、左前のおばあさん2人組に目がいった。
巨人の工藤投手風のおばさんと王監督風のおばさん。
そんな二人が、「昨日の日ハム戦さぁ」などと野球の話。
さながら名球会のようだなと思いつつ、ナースの声が聞こえてきた。
「22番でお待ちの方ぁ」
小太りのナースが呼んでいた。
立ち上がり、颯爽とナースの元へと向かう。
左手には番号札を持って。
さぁ、返してやる。いや、つき返してやる。
勢い十分差し出した。
「これは後でお渡しください」
・・・・・・・まぁ、楽しみは後にとっておくか。
ソッとポケットに番号札を忍ばせる。
事務的な口調に圧倒されながらも、問診に入った。
なんなく問診をこなし、またロビーで待たされる。
30分経過。
まだ名球会は続いているみたいだ。
なぜか、メンバー3人になっていた。
「22番の方、2番診察室へお入りください」
今度は放送での呼び出し。
診察室のドアを開け、颯爽と入る。
左手には番号札を持って。
ナースでは無いが、中にいるドクターに向かい、
「あ、番号札」
的な事を言いながら、ポケットをまさぐる素振りを見せた。
「あ、番号札は後でいいから。」
・・・・まぁ、まだ早いか。
診察もなんなく終えた。
途中に挟む、「突然死」という言葉に一抹の恐怖を覚えたが、割愛。
10分経過。
名球会はメンバーを増やし、依然存続している。
「22番の方ぁ」
今度は細めのナースが呼びに来た。
立ち上がり、ナースの元へと颯爽と向かう。
左手には番号札を持って。
歩きながらしなやかにポケットから出し、華麗に渡す。
「血液検査には番号札はいりませんよ」
いらないってあんた・・・
まぁ、血液検査もなんなく終えた。
途中、血管が見つからずブスブス針を刺しまくっていたが、割愛。
名球会はなおも存続している。
よく見てみると、このロビーにはお年寄りの割合が非常に高い。
さらに見てみると、名球会を中心に会話の輪のようなものができていた。
皆、60~80歳くらいだろうか。
後から入ってくる人にも気さくに声をかけ、どんどん輪が広がる。
誰もかれも、皆楽しそうに話していた。
病院のロビー、診察待ちの不安で押しつぶされそうな心境。
名球会は、各人からそれを察し、話しかけていたのだろう。
会話の節々に、
「大丈夫さぁ!」「あたしもよくあるよ(笑)」
などと、相手を気遣う発言をいくつか挟む。
僕みたいに、風邪程度で不安に押しつぶされるなんて事はないだろう。
しかし、自分の病気がわからずに、診察に来ている人達も多い。
そんなクリニックでの待合室で、気さくに声をかけてくれる存在。
それは、とても大きいように感じた。
次々と名球会入りを果たし、診察室へと入り笑顔で帰っていく皆を見る。
なんで後から入って来た人より俺は遅いんだという考えは、無粋だった。
「病気は恐いが、気の持ちようでなんとでもなる。」
そんな言葉が名球会から飛び出す。
人の温かみに触れ、少し体調が回復したようにも錯覚できた。
それから10分後、受付に呼ばれ会計を済ませる。
名残惜しみながらも、一言も交えていない名球会を一瞥し帰路に着いた。
薬局で薬を貰い、自転車にまたがって家まで向かう。
行きはあんなに気だるかった自転車。
下り坂のせいもあるが、帰りはなんだか心が晴れ晴れとしていた。
ボランティア活動をする。
募金をする。
確かに、形に残るこれらの事も大事だし、現に僕もたまにする。
けれど、
お年寄りに席を譲る。
困っている人に声をかけてみる。
こんな簡単そうな事が、僕にはなかなかどうして出来ない。
名球会がしていた事は、ただの会話にも見えるが、実にすごい事だ。
風邪をひいて、病院に行った事で学べたこの事。
怪我の功名、大切にしていきたい。
そうこう考えていると、あっというまに家に着いた。
心は晴れ晴れ、アパートの階段を上る。
家のドアを開け、颯爽と入る。
左手には、しっかりと番号札が握られていた。
また、辛い坂道を登って名球会に会えると思うと、咳が止まらなかった。
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