今日は、世間の役に立ちたいと思い、出納長と共に大通の地下街で献血
を試みることに相成った。
僕は2年ほど前にてんかんを理由に断られた経験があり、今回もどう
せダメだろうと思っていた。それどころか、出納長が献血してる最中に
無料の飲み物とお菓子を楽しもうという、最低な心意気で望んだ。その
心意気が僕に罰を与えることになったのだろう。
献血場に入ると、すでにたくさんの人が献血を行なっていた。早速献
血を断ってもらうために受付の人に
「前やろうとした時、てんかんを理由に断られたんですけど・・・」と申し訳なさそうに申告すると、受付の人が、問診している美人女医に
相談しに行った。そして、なにやらニコニコしながら戻ってきて、
「5年以上前に投薬をやめているようでしたら、できますよ!」と、明るい口調で言ってきた。・・・おかしい。僕が前回聞いた説明で
は、一度でもてんかんを患った人は治っても献血ができないはずだ。ま
さか規定が変わったのか・・、無知のフリをして”献血したい”、”世間
に貢献したい”という気持ちを見せつけ、何もせずにお菓子を貪り食う
計画が音を立てて崩れていった。だが、嘘を言うわけにもいかず、
「あ・・、10年くらい前に服薬はやめました・・・」
と、正直に全てをあらいざらい話した。こうして、僕は人生初の献血を
することになってしまった。
受付を淡々と進め、さきほどの女医が行う問診にかかった。問診の途
中で女医さんが、血管を見ますので右手を出してくださいと優しくそし
てやらしく言ってきた。恋する気持ちを抑え、右手をサッと差し出し
た。しばらく血管を探す素振りをしていたかと思うと、突然女医さんが
顔を曇らせた。太くて刺しやすい血管が見つからないらしい。左手に交
換し、また右手に交換し、そしてまた左手に交換し・・これを何度か繰
り返した。結局ほんの少し太い左手にすることになった。そうなると反
対の右手で血液検査をやるということらしいので、また血管探しが始ま
った。やはり太くて良いのが見つからず、なんと手の甲にすることにな
った。痛そうだ。実に痛そうだ。注射嫌いな僕は恐怖に顔を歪めた。そ
れを察することも無く、無情にも女医さんが、
「少し痛いですよ~」僕を恐怖のどん底に陥れる一言を吐くと、かなりの入射角で手の甲に針
を突き刺した。やはり少しどころか結構痛かった。手の甲の血管も細く
て、規定量抜くのに2分程針が刺しっぱなしと言われ、泣きたい気持ち
を抑え我慢していた。女医さんと僕の手の触れ合いが長いこと続いたの
が、不幸中の幸いだった。そんな複雑なひと時も終わり、血管を太くす
るために看護士さんに患部を温タオルでぐるぐる巻きにされ、手にも握
らされ、暖かい飲み物を飲んで10分程待っていてくださいとの指示を
受けた。友達同士、カップル同士で来ている人が楽しそうに談笑をして
いる中、温タオルでぐるぐる巻きにされ、さらにもう一つ握らされ、熱
いお茶を独りですすり、そこにあった『高校生献血デビュー』という女
子高生とかが写っている写真集を見ている僕は、皆の目にどう映ってい
るのか、そんなことを考えながら長い10分を待っていた。(出納長は普
通に献血を始めていた)
僕の長い10分が終わる前に、出納長が献血を終えて休憩に入ってい
た。僕はなんだか、色んな人に申し訳ない気持ちになり、1リットルく
らい採ってもらっても構わないほどの気持ちになっていた。僕のせいで
女医さんに貴重な時間をとらせ、看護士さんに温タオルを2つも用意し
てもらい、受付の人には暖かいお茶を汲んでもらったり、普通の人なら
3人分程の時間をとらせてしまっている現状。しかも、これからする献
血も、普通の人なら5分のところを20分ほどかかると言われる始末。
いっそのこと献血しない方が皆のためになるんじゃないかと、疑心暗鬼
に陥った。しかし、それでは今まで僕を支えてくれた女医さん、看護士
さん、受付の人に申し訳が無い。意を決して、リクライニングチェアー
に腰をかけた。事情を察してか、担当は美人看護士さんなどでは無く、
どう見てもベテラン看護士シゲコって感じの人だった。ベテラン看護士
シゲコは、僕の腕の細い血管を見るや否や
「腕が鳴るわ」と言わんばか
りのチャレンジャーの目に変わり、
「一発で決めて見せるからね!」と強い口調で決意表明をしてきた。僕は、少し戸惑いながらも、
「が、頑張ってください!」と力ない激励を送った。
最初の一刺し、僕の激励が届いたのか、シゲコの長年培ってきた技術が
ものを言ったのか、良い感じで僕の血管を貫いた。
「良い、最高の位置いったわよ!かなり早く終わりそうよ!」と、嬉しそうにはしゃぐシゲコ。刺した瞬間に手先が少し痺れたが、気
にせずに、
「そうですか!ありがとうございます!」これで女医さん、看護士さん、受付の人に顔向けができると思い自然と
笑みがこぼれた。もう、シゲコは僕の中でただの看護士さんでは無くな
っていた。そう心の中で褒めていると、シゲコが思い出したように、
「あっ、そういえば刺した瞬間手先がビリッとしなかった?」と聞いてきた。
「バ、バレタか・・」と、まるで自分
が悪い事をしたかのような気持ちになったが、思い当たる節があった僕は
正直に、
「ほんの少しだけですけど、手先が痺れました」と言うと、シゲコがなんともいえない表情を浮かべ、
「今日はやめときましょう・・・」「な、なんでですか?」「神経をかすっちゃったかもしれないの。無理をすることはないわ、血
液検査なら今とったので出来ると思うから」そんな事はどうだっていいんだ。僕は1mlでも多く血液をとられなけ
ればならないんだ。神経の一本や二本気にしている場合じゃない!言い
たかったが、やはり自分が大事な僕は、
「そうですね・・、絶好調だったのにごめんなさい・・」「絶好調だったとかはいいの。神経を傷つけちゃってるようなら、この
まま続けたら痺れが残っちゃうかもしれないの。一番大事なのはあなた
の身体なの」と、泣きそうなくらい真剣な表情で言われ、僕も涙をこらえるのがやっ
とだった。
看護士の技術だけなら、大抵の人はシゲコさんほどの経験を積めばそれ
なりに向上するものなのかもしれない。しかし、看護士として本当に大
切なのは献身的で優しい気持ちなのだと、シゲコさんの溢れる思いやり
が教えてくれたような気がした。
針を外してもらい、採った血液を見ながらシゲコさんが小さいため息
をつきながら
「チッ」と言ったのは聞こえなかったことにして、その後
30分ほど無料のお菓子と飲み物をしっかり満喫し、更にサランラップ
とファイルを貰い、献血場を後にした。去り際に振り返ると、なんだか
献血場がかっこよく見えた。出納長が『最近、不特定の女性と性行為を
した』という項目に○を付け忘れたと言っていたが、○○ちゃんには黙
っておこう。
今日の様々な出来事を通じて僕が学んだことは、【ナース服よりセーラ
ー服】ということ。。゚( ゚^ω^゚)゚。ブヒャヒャヒャヒャヒャ
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